行政書士として在留資格や入管手続きに関わるようになってから、ふと不思議なことを考えるようになりました。
それは、私の先祖にまつわる、ある関所の話です。
鹿児島県出水市に、「野間之関跡」という史跡があります。
出水市は鹿児島県の北西部、熊本県との県境に近い地域です。江戸時代、この地は薩摩藩にとって、肥後方面から藩内へ入る重要な境界地域でした。現在、野間之関跡はこじんまりとした公園のような場所として残され、「野間之関跡」と刻まれた大きな石碑が立っています。


写真左:現在の野間之関跡地
写真右:「野間之関跡」の石碑(文字は東郷平八郎元帥の書によるもの)
現代の感覚で「関所」と聞くと、街道に置かれた国内移動の検査所のように受け取られるかもしれません。
しかし、薩摩藩における関所、特に熊本との国境に位置した野間之関は、決してそのような軽い意味の施設ではありませんでした。
江戸時代の藩は、現代の国家と同じものではありません。しかし、それぞれが独自の統治、軍事、財政、身分秩序を持つ、一つの強い領国でもありました。たとえるなら、現在の日本国内の県境とは全く異なり、もっと重みのある国境に近いものだったと言ってよいと思います。
中でも薩摩藩は、江戸時代を通じて強い独自性を保ち、藩外との人や物の出入りを厳しく管理していたことで知られています。野間之関は、1600年前後に設けられた薩摩の三大関所の一つであり、肥後との国境に置かれた薩摩第一級の番所であったとされています。
まさに、薩摩藩を守るための重要な境界管理の拠点だったのです。
野間之関に残る「歌問答」の話
この野間之関の厳しさを物語る有名な逸話として、「野間之関の歌問答」と呼ばれる話があります。
筑紫日記より
この話は、寛政4年、西暦1792年に、高山彦九郎が九州を旅した時の記録である「筑紫日記」に残されています。高山彦九郎は、当時「寛政の三奇人」の一人とも呼ばれた人物です。「寛政の三奇人」とは、当時の代表的な思想家・志士として知られる人物たちを指す言葉だそうです。
熊本で国賓のような待遇を受け、50日ほど滞在した後、彦九郎は薩摩に入ろうとします。しかし、野間之関の役人はすぐには通行を認めず、上役に問い合わせるとして、彦九郎を待たせることになります。
その時、彦九郎は応対した役人に向かい、次のような歌を詠んだといいます。
治まりて関も閉ざさぬ世の中と
思ふばかりに我は来にけり
「世の中は平和に治まり、関所も閉ざされていない時代だと思ったからこそ、私はここまでやって来たのだ。」
おおよそ、そのような意味合いでしょう。
野間之関の歌問答
その後、2日待っても通行を認められなかった彦九郎は、さらに次の歌を詠み、関所の役人に自らの思いをぶつけたと伝えられています。
薩摩びといかにやいかに刈萱の
関もとささぬ世とは知らずや
つまり「薩摩の人よ、いったいどうしたというのか。かつては取り締まりが厳しいとされた大宰府の刈萱(かるかや)の関でさえ、今では閉ざされていない平和な世の中だという事を知らないのか」と訴えたのです。
これに対して、応対していた関所の役人は、上役からの指示が下りない以上、事情は分かっていても通すわけにはいかなかったようです。重々詫びたうえで、職務上の説明をするほかなかったとされています。
しかし、その役人の一人が気を利かせ、次のような歌を返したと言われています。
刈萱の関も戸ざさぬ御代なれど
君の固めし野間と知らずや
「刈萱の関さえ閉ざされていない平和な御代ではあるが、ここ野間は、主君が特に守りを固めさせている関所だということを知らないのか。」
このやり取りについては、『筑紫日記』のほか、現在も野間之関跡地に建つ石碑の裏面にも詳しく記されており、「野間の歌問答」として地域に語り継がれているようです。



写真左と中央: 野間之関跡地に立つ看板と、そこに記された歌問答の一部紹介
写真右 :「野間之関跡」の石碑裏面に記された野間之関の歌問答逸話紹介
歌問答の返歌と私の関係
関所の厳しさを示す話であると同時に、この返歌には、単なる拒絶ではなく、職務を担う者としての立場、薩摩藩を守る番所としての誇り、そして相手の歌に歌で応じる教養と機知が感じられます。
そして、この歌問答で歌を返したとされる役人が、どうやら私の血のつながった先祖、または縁戚にあたると思われる人物であったことを、平成になってからの戸籍調査と古文書の確認を通じて、家の系譜の中で知ることになりました。私にとっては、大変名誉に感じる話でした。
江戸時代の関所と現在の入管手続き
研修で思い出した薩摩藩の関所役人
私は、先祖が代々薩摩藩の関所勤務に関わっていたという話を、幼少期に父から聞かされて育ちました。また、「野間之関の歌問答」を知ったのも、行政書士になろうと考えるずっと前のことです。
もちろん、そのことが理由で申請取次行政書士になったわけではありません。
先祖の仕事と現在の自分の仕事との関係を初めて強く意識したのは、行政書士会の研修で、出入国在留管理庁の職員の方のお話を伺った時でした。
入国審査官や入国警備官の仕事について説明を聞いているうちに、幼少期に父から聞かされていた薩摩藩の関所役人の話が、ふと頭に浮かんだのです。
もちろん、江戸時代の関所と、現代の出入国在留管理制度は同じものではありません。制度も価値観も、社会的背景も全く異なります。
それでも、人の往来を確認し、境界を守り、秩序を維持するという点では、どこか通じるものがあるように感じました。
関所役人と申請取次行政書士の意外な共通点
一見すると、関所役人と申請取次行政書士は、むしろ反対の立場にいるようにも見えます。
関所役人は、通行を認めるかどうかを見極める側です。一方、申請取次行政書士は、日本への入国や在留を希望する方の申請を支援する側です。
しかし、関所役人の仕事は、単にその場で「通す」「通さない」を即断することだけではなかったようです。
特に高山彦九郎のような重要人物が訪れた場合、現場の役人は、本人の身分や来訪の趣旨を確かめ、その主張を聞き取り、必要に応じて上役へ伺いを立てる必要がありました。この時も、鹿児島の藩庁から薩摩入りの許可が届くのを待ち、長期間足止めされたと伝えられています。
現場の関所役人は、人の往来を監視するだけでなく、通行人から事情を聞き取り、それを判断する側へ伝える役割も担っていたのでしょう。
そう考えると、関所役人の仕事と、現在私が携わっている仕事との距離が、少し縮まって見えてきます。
申請取次行政書士として思うこと
制度を守る仕事と、手続きを支える仕事
申請取次行政書士の仕事は、単に「通してほしい」という願いをそのまま代弁する仕事ではありません。まして、日本に入国し、在留すべきではない人の申請を通す仕事でもありません。
出入国在留管理は、国の秩序と安全を守り、制度への信頼を保つために必要な仕組みです。
行政書士は、その制度を尊重したうえで、本来認められるべき人が、説明不足や資料不足によって不利益を受けないよう支援します。
日本で働く理由、家族と暮らす必要性、事業の実態、これまでの在留状況などを丁寧に確認し、判断に必要な材料を整える。それによって、入管当局が適正な判断を行い、行政手続が円滑に進むよう支えることが、入管業務に携わる行政書士の役割だと考えています。
また、すべての人が、自分の事情を制度に沿って分かりやすく説明できるわけではありません。思いはあっても、何を、どの順番で、どの資料とともに示せばよいのか分からないことがあります。
だからこそ行政書士には、申請する方の事情を制度に沿った形で整理し、判断する側へ正確に伝える役割があります。
歌問答に学ぶ「伝わる」ように「伝える」重要性
野間之関の歌問答で印象深いのは、単に「通す」か「通さない」かという結論ではありません。
高山彦九郎は、通行を求める自らの思いを歌に託しました。関所の役人は、野間之関を守る自らの立場を歌で返しました。そこには、それぞれの立場を言葉にし、相手に伝えようとする姿があります。
行政書士もまた、申請する方の事情を丁寧にくみ取り、事実関係を整理し、制度の要件に照らして、伝えるべきことを伝わる文章と資料に整える仕事です。
その積み重ねによって、行政手続が円滑に進み、申請する方の正当な利益が守られるよう支えることが、行政書士に与えられた大切な使命の一つなのだと思います。
私が感じる不思議な巡り合わせ
研修の帰り道、さまざまな考えを巡らせながら私が辿り着いたのは、今自分が携わっている仕事は、遠い先祖が関わっていた仕事と、思いがけないところでつながっているのではないか、という思いでした。
先祖と私では、時代も立場も異なります。
それでも、人の移動に関わり、制度と向き合い、必要な事情を言葉にして判断する側へ伝えるという点では、どこか通じるものがあります。
これを運命と言うのは大げさかもしれません。
しかし、幼い頃から聞かされてきた先祖の話と、現在の入管業務とが一本の線でつながったように感じたことは事実です。
申請取次行政書士として、この不思議な巡り合わせを心に留めながら、一つひとつの手続きに誠実に向き合っていきたいと思います。
参考情報
野間之関跡は、鹿児島県出水市に残る史跡で、1600年前後に設けられた薩摩の三大関所の一つとされています。肥後との国境に置かれた薩摩第一級の番所であり、その厳しさは高山彦九郎の歌の逸話とともに伝えられています。
参考:出水市観光情報「野間之関跡」、鹿児島県観光サイト「野間之関跡」、日本遺産「薩摩の武士が生きた町」関連情報。
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